2016年11月 1日 (火)

星ヶ丘ゆき

突然ですが、引っ越します。新しいブログはこちら。とんできてください。

http://kazu3nogi.cocolog-nifty.com/blog/

ハロウィン

メモ。 発達障害の発達課題とゴール

自分が愛されている、必要とされているという感覚
自分を信頼できるのと同時に他者も信頼できる感覚
自分のことが自分でできるという感覚
自分には取り柄がある、有能であるという感覚、
他者と関わっていても、関わっていなくてもありのままでいられる感覚

これは発達障害に限らない、よい指標になる言葉と思う。息子にきいたら、まあまあ健全みたい、他者も信頼できる、のところは「相手による」し、ありのまま、のところは「すこしねじ曲がってる気がする」そうでした。

ところで、
そんなわけで、新しい炊飯器を買う話はなくなった。おどり炊きも。炊飯器がおどるんだよ、というハンプティたちの作文だけが残った。
カープが負けて、悔しがっている息子には言った。今年は、北海道は台風も来て大変だったでしょ。野球が勝ったからって、大変は変わらないけど、野球が勝ったらみんな励まされるかもしれないし、だから、今年は北海道でよかったんじゃないかな。

ハロウィンなので、こないだ近所でもらったカボチャを食べることにする。カボチャは食べられない息子だが、カボチャスープなら食べられるので、スープにする。カボチャ刻んで煮て、そこでふと、ミキサーにかけたら口あたりがよくなるかも、と思いたった(日頃は思いたたない。口あたりなんて考えない)。それで煮えたカボチャをミキサーに入れて、蓋をしてスイッチをいれた瞬間、

Cimg5859


爆発した。
蓋が飛んで、あたりいちめん、カボチャが飛び散ったね。...
カボチャは、冷ましてから、ミキサーにかけましょう。

2016年10月28日 (金)

ノリ・メ・タンヘレ

不謹慎かもしれないが、テレビのニュース画面に映ったドゥテルテ大統領が、「アメリカはバカだ」と言ったとき、たまさかそれを見ていた息子が、声をあげて笑った。私も笑った。それから私たちは、こっそり話した。
この大統領、うちのパパに似ているかもね。
何がって、まあ、悪態のつき方が。
「人権? ふざけんな。そんなこと、アメリカがどの口で言えるんだ。虐殺して、原爆落として、枯れ葉剤撒いて、あいつらは謝ったか? 人権だと? バカか」みたいなことですかね。
おまえらの偽善につきあっていられるか、ってことなんだと思う。

むかし、パヤタスにいた13歳の少女、家庭は壊れていて、危険でもあったから、学校の先生の家に一時保護していた少女、彼女が描いた絵のことを思い出すんだけど。切り株だらけの山から、大きな石が転がり落ちてくる。石にはそれぞれ、暴力、自然破壊、貧困、ドラッグというような言葉が書かれている。ふもとに咲いている花は、レイプされて萎れている。
むかし、パアラランは鉄柵で覆われていたりしなかった。22年前。ゴミ山の麓に住んでいるのは、地方から出てきて、都市で生きる術がわからない、素朴な人たちで、滞在中は、毎日、ゴミ山にのぼったり、あたりの集落を歩き回っていた。そこにある親しみの感情が好きだった。学校には地域の人たちが日常的に出入りした。
ゴミ拾いを教えてくれたJ……は、とても年上に思っていたけど、たぶんそんなに年齢は変わらないかもしれなかった。家のなかは、ゴミ山から拾ってきたあれこれの家具や小物が並んでいた。それがあるときから、新品のテーブルとイスに変わった。ジャンクショップ(ゴミの買い取り)をはじめて、羽振りがよくなったのだ。でもそれは長くはつづかなかったみたいだ。集落に電気を通すとき、電気を通してくれと、世話役をしていたレティ先生に言いに来たのを見たのが、最後かな。電気代を払っていないから無理だ、とレティ先生は言った。私も、もうJ……の家には行けなくなっていた。何かが壊れはじめてる感じがした。
それからは悪い噂しか聞かなかった。夫がドラッグの売買をはじめたこと、警察につかまりそうになったけど、お金を払って見逃してもらったこと、でもこの次はどうなるかわからないこと。そのあと、ドラッグはやめたみたいだ、という話も耳にした記憶もある。それが本当だったらいいなと思う。
2000年頃、地域は変わっていった。すこしずつ都市のスラムの表情になってきた。他のスラムから流入する人が増えたのだ。知らない人たちが増えてきたから、ひとりで外を歩いてはいけないと言われるようになった。旧校舎が取り壊され、新しい校舎をつくるときには、強盗除けの高い柵が必要だった。
人々が自分の住んでいる地域のなかで、ホールドアップを体験する(恐喝されて金をとられる)ということが、日常的に起こるようになった。ドラッグをやってる少年たちが、ある家を襲って、その家の人たちを殺してしまった、という話も聞いた。
パアラランを訪れる人たちに、時計やネックレスをしてきてはいけない、すれちがいざまにひきちぎられるよ、という注意を徹底しなければならなくなったのは、たぶんこの10年ほど。
ひとりで外を歩いてはいけない、ゴミの山に近づいてはいけない、写真を撮ってはいけない、ということも。
数年前の早朝、学校の裏庭に泥棒が入ったことがあり、幸い盗まれたものは、洗って干していたバッグ程度だったが、そのあと学校の柵は、屋根まで届くものになった。すっかり、檻。
ドラッグは身近で、たちがわるい。貧しければ貧しいなりに、助け合って生きていけるものを、そうはさせず、ずたずたに荒らしてしまう。
もういいかげんいやなのだ、ドラッグで、地域や親族がボロボロになるのを耐えているのが。

400年に及ぶスペインの支配から、ようやく独立できそうだったフィリピンを占領したのはアメリカで、そこをさらに占領したのが日本で、太平洋戦争のときは、戦場になって、100万人のフィリピン人が犠牲になった。というようなことは、学校では習わなかったし、フィリピンに通うようなことにならなかったら、私は今でも知らないかもしれないんだけど。

独立の英雄、ホセ・リサールの小説「ノリ・メ・タンヘレ」(われに触れるな)は、凄い小説で、スペインの圧政の残酷を綴っているんだけど、本、今出てるかな、「ノリ・メ・タンヘレ」の偽善の告発、はいまも生々しいと思う。そのあとの本「エル・フィリブステリスモ」は、テロリズムの敗北を描いて、さらに生々しいと思う。
この2冊は、ふるえるほど美しい本で、また読み返したいんだけど、昔の本は、文字が小さいのが、最近は私もつらいんだわ。

驚異的な支持率には、「ノリ・メ・タンヘレ」の響きへの共感がある気がする。

2016年10月26日 (水)

おどるかどうかはともかく

いちご畑にコスモス、さつまいも畑にもコスモス。雑草の森もある。

Cimg5856_2

あさがおがまだ咲いてるけど、秋だよ。腰痛、せき喘息、足の怪我とつづいて、畑どころでなかったんだけど、ようやく畑の草取りにとりかかったら、これがもう終わらない話だ。数日がんばったけど、足腰の筋肉痛が半端ない。さつまいも、そろそろ掘り上げたいけど、天気と私の気分が嚙み合わない。もっぱら、さつまいもの葉っぱと茎を食べている。

カープのリーグ優勝で、わが家の洗濯機は新しくなった。このあと日本一になったら、炊飯器を買う、ということで話がまとまる。(もちろん大安売りになるという前提での話だ)息子はおどり炊きがいいって言う。
何その、おどり炊きっていうやつ。私は知らなかったのだが、息子が電気屋よろしく説明してくれる。電気屋のチラシをよく見ているんだな。……でも高いよ。
うちの炊飯器は、義父さんが単身赴任のときに使っていたものだから、かれこれ20年使っているんではないだろうか。
まだ動くけど、錆びてるし、次のカープの優勝までは持たないだろうから、おどり炊きかどうかはともかく、カープには勝ってもらって、新しい炊飯器がほしい。

Cimg5858



再提出の罠から戻ってきたハンプティたち。こないだPTAの係でお母さんたちと話していてわかったのだが、再提出の罠を逃れる簡単な方法は、提出しないことですね。英語の自主学習ノート、みんなどうやってますか、大変じゃないですか、って聞いたら、え、何のノートの話?とか、とか、こんなに宿題少なくていいのかしらと思う、とか、同じ学校同じ学年同じ先生たちの話とは思えないほど、それぞれの子が持ち帰る学校の風景はばらっばらっで、面白かった。
では、うちの子はひとりで何を難しがっているんだろう、と思ったが、帰ってきたハンプティたち、「ボブ・ディランって知ってる?」「知らない」「年寄りは知ってる。超有名」「でも若い人は知らない」「たぶんこれから知るんだよ」みたいな話して、「風に吹かれて」の歌詞で、ページを埋めたあとは、
カープの話、えんえんとカープの話、カープが優勝したら「おどり炊き」を買う話、「何それ、炊飯器がおどるの?」「炊飯器はおどらない、なかの米がおどるの」「すごーい」「でも、お高いのよ」
みたいな主婦の会話をしてるわね。

お金ないんだけど、どうやって買うかな、新しい炊飯器。おどるかどうかはともかく。

2016年10月22日 (土)

東京で見たもの

東京4泊5日。半年ぶり、1年ぶり、2年ぶり、3年ぶり、または15年かそれ以上ぶりぐらいにお会いした友人のみなさま、ありがとうございました。パアラランのためにも、私のためにも、心を使ってくださって、本当に本当に感謝です。

いつものカプセルに滞在したんだけれど、何年も、泊まる度に見かけた白人のおばさんを見かけなかった。すくなくとも5年は住んでいたと思う。それが少し、さびしい感じがした。
2年前、3年前にも見かけた日本人のおばさんはいた。住んでいるのだと思う。
受け付けのおじさん、おじいさんたちの顔ぶれも変わってなかった。

Cimg5828



去年の春に新宿御苑でお花見したけど、秋にも桜咲くんだね。咲いていた。
ある日の夕方入ったお店で、帰り際、店のお兄さんが「幸あれ」って声をかけてくれた。トマトジュース飲んだだけなんだけど。幸あれって。good luck!
新宿ではジャズ喫茶も連れてってもらった。
朝昼晩、人に会ってた、なんかなんかたくさんおしゃべりした。

だいたい新宿上野あたりで、人と待ち合わせしたんだけど、ほんとに人が多くて多くて多くて。にぎやかでにぎやかでにぎやかだ。こんなたくさんのなかから、人が人を見つけるなんて、とてもできそうもないと思うのに、間違うことなく、会いたい人に会えるのが、不思議な気持ちがした。

ゴッホとゴーギャン展を見た。創作方法の違いが見えて、それはそれで面白かった。人生はいろいろあるんだろうが、残された絵が伝えてくるのは、幸福感だ。お金を払っても見たいのは、この幸福感のためだと思う。

Cimg5830


上野公園では、手作りアートを売っていた。木切れに色を塗っただけの小さい家たち。息子のお土産に2つ買った。これはね、電車のジオラマになると思う。

最後に連れてってもらったお店は、ただごとでないとは思った。あんなおいしいお酒、涙が出るかと思った。どうしてこんなに大事にしてもらっていいのだろう、というか、それを飲むと、自分自身への尊敬心を取り戻すことができるような、そういうお酒があるんだなと。嘘、と思うほどおいしかった。
たとえば本も、こんなふうでありたいと思った。個性ってこういうことかと思った。すごくたくさんのことを考えた。
あとで調べてわかったんだけど、有名な老舗バーだったみたいで。連れてってくれて本当にありがとう。

怪我した足も、もう大丈夫で、念のため息子の運動靴で行ったけど、5日間歩き回っても平気だった。
でも触ると、まだすこし痛い。雨の日は、しくしく痛くなるので、今日は雨になるとわかる。足にお天気お姉さんが住んでる具合だ。

2016年10月21日 (金)

再提出の罠

訂正して再提出からもどってきたノートは、また新たに再提出と書かれていて、息子はまた訂正して再提出したらしい。なので、ノートはまだ戻ってこない。
ノートが戻ってこないと、家で学習できないから、スタンプはいつになってももらえない。再提出の罠だなあ。
手紙を先生に渡したかを確認すると、「good」と息子は言った。「この話はもう終わった」。どうやら、自分的にはもう平気になったってことらしい。

『拝啓、アスペルガー先生』(奥田健次)という本があって、臨床心理士がアスペルガーの子への支援記録を綴ったものだが、読みやすくて楽しい本なので、息子も小学校の頃に読んでいた。(この本おすすめ。小学校高学年から読めます)

その本を数日前に、本棚の奥からひっぱりだしていたのだが、「ママ、ここ読んで」と見せてくれたのは、5歳のナナ君のエピソード。
おしゃべりもできるし、大人と会話することもできるのに、子ども同士で遊べない男の子の話。大人は、ナナくんにあわせて話してくれるが、子どもは自分勝手なので、ついていけなくなる。それで、奥田先生は、ゲームを通して、ナナくんに自己主張の仕方を教えたり、ルールの変更に臨機応変に応じる訓練をしていく。数か月後の幼稚園でのエピソード(お母さんの報告)。

「隣のクラスの子たちが何人かでラーメン屋さんごっこをしていました。
ナナはラーメンがもらいたくて「ラーメンください」と言いにいくと、
ラーメン屋の子どもたちは「お金をもってないとダメ」と言ったそうです。
するとナナは、自分の教室に帰って紙で丸をいっぱい書いてそれを持ってまたラーメン屋さんに行くと、
「切ってないからダメ」と言われたそうです。
ナナはまた紙を持っていって、ハサミで丸を切って持っていったら、今度は、
「100円だから100って書いていないとダメ」と言われたそうです。
そこで見ていた先生はちょっと気の毒に思って少しだけ手伝ってくれて、ナナはラーメンをゲットできたみたいです。
この話は、子ども同士のやりとりがダメだったナナにとっては快挙なのでとても嬉しかったです」

英語の先生との再提出のやりとりで、息子はこのエピソードを思い出したらしい。なるほど。そして、ナナくんの姿に励まされた。
つまり、英語の先生はラーメン屋の子どもたちなのね?
「そうだよ」
ナナくんの話は子ども同士のコミュニケーションの問題がテーマなんだけど、英語の先生は、子どもなの?
「そうだよ。だって、ぼくとたった10数歳しか離れていない。ミスOは、子どもだよ」

ノートのなかのハンプティたちが、再提出の罠から逃れて帰ってきたら、今度はハンプティたちとボブ・ディランの話をしたいらしい。

2016年10月20日 (木)

ひとの話を聞いてない

広島に戻ってきた。まず対応しなければならなかったのが、息子の、例の英語の自主学習ノート。
またしても再提出。今度はその日のうちに再提出したようなんだけど、それでも不備で返されている。テストをなおして一緒に提出しろということなのに出していない。
なぜかをきいたら、
「どのテストかわからない」っていう。そりゃこないだの定期考査のでしょう、と思うけど、秋休みの課題のテストもあったからって言う。わかんなかったら、聞きに行かなきゃって言うと、「職員室こわいし」って言う。まあ気持ちはわかるけど、
「ぼくは職員室に行かずにすむように、再提出や未提出がなくてすむように、がんばっているのに、なぜうまくいかないんだろう」
と、しょんぼり、ぐずぐず。
このまましょんぼりが続いても困るので、
私が先生にお手紙書くことにした。
息子は再提出の意味はわかったけど、テストがどのテストかわからないって言ってます、職員室こわいし、って言ってます、とか、そのまま書いた。わかんなかったり困ったら先生に聞きに行くように、言いましたのでよろしくお願いしますって、提出用の英語のノートに書いた。

すると先生からお手紙。授業中にどんな指示を出したかを、具体的に書いてあった。それが本当なら、息子が話を聞いていないのである。息子には、職員室はこわくないから聞きに来なさい、友だちに聞いてもいいよと、声をかけてくれたらしい。声をかけてもらった息子はちょっとほっとしたみたいだ。

だいたいわかった。つまり、彼は私の子どもなのだ。つまりこいつは「ひとの話を聞いてない」のだ。(息子は私よりはちょっとはましかも、と思っていたのだったが、幻想だったね)

メモ。息子の側の問題点は3つある。

①中学に入り情報量が増えたので、対応しきれずに忘れる。

②先生がみんなに向けて話すことを、他人ごととしてぼんやり聞いている。言葉の断片にとらわれて話の意図を理解できず、自分勝手な解釈をしたり、自分が具体的に何をすればいいかがわからないままになる。 

③聴覚過敏の特性による。息子は聴覚過敏があり、大きな音が苦痛、ざわついた場所が苦手。また人の話を聞き逃すことがある。(通常は、多少の雑音があっても、自分が聞こうと思う声を選んで聞き取ることができるが、それができない。たとえば椅子の音やまわりのおしゃべりなどの雑音が耳に入ると、先生の声が消えてしまう、というふうになる)そのため、人の話を聞き逃す可能性が、日常的にある。

こういうことでしょう、と息子に言ったら、うんうんとうなずくのでしたよ。もちろん、すべて私自身のことだ。

①については、メモをとるなどの工夫をする。②については、聞くときの意識を変える。すべて自分ごととして聞く。先生の話の意図を考えながら聞く。自分はどうするかを考えながら聞く。すぐには変わらないにしても、努力はできる。
③については、そういう自分だと知っておく。

いずれにせよ、息子の特性でもあり、コミュニケーションの課題でもあり、これからも向き合っていかないといけないことなので、今回の英語の先生との件は、彼にとっては、自分のコミュニケーション障害を理解するいい経験になるかもしれない。

息子には言った。自分の特性や弱点をよく知って、わからないこと、曖昧なことは、先生や友だちに聞いて確かめる習慣を自分でもつこと、うまくいかないことはよくあることで、いちいち沈まなくてもいいこと、でもそういうときこそ、人と対話する勇気が大事なんだよ。

ひとりで完璧にやろうなんて無理だから。できないことばっかりだから。そこをどうやって補うかって対話するしかない。対話して生きていくしかない。だから、再提出の罠も、コミュニケーションの訓練だから。

それでまた私は先生にお手紙書き書き。
「まさか、ママ、先生と文通する気?」と息子が、なんだかうれしそうに聞く。いや、これで終わりにしたい。あとはきみが自分で先生とお話するんだよ。

2016年10月14日 (金)

羊の群れ

ボブ・ディランを知ったときにはすでに伝説のようだったから、ずっと過去の人と思っていた。まだ生きてるんだと気づいて驚いている。戦争がつづいているもんね。過去にならないんだ。
明日から東京。お世話になりますみなさま、よろしくお願いします。上京までにしておきたかったこと、何にもできてない。あれこれごめんなさい。

季節はなだれるように秋になった。羊の群れがすごい勢いで走っていく。

2016年10月12日 (水)

つまずきの石

連休は、山口に帰省。土曜日、阿蘇が噴火した日、息子の希望で、門司の鉄道記念館へ行く。雨だったけど、小さい子を連れた家族連れがたくさんいた。鉄道模型とか運転のシュミレーションとか、息子はひとりで飽きずに遊んでいた。

Cimg5821


運転席に座って機械を動かしている息子に、すこし年上の男の子が、機械の詳しい説明をいきなりはじめる。私はちんぷんかんぷんだが、息子とパパにはわかるらしい。うなずきながら聞いていた。その少年は、ひととおり喋ると、ふといなくなり、でもまだそのあたりにいて、機械をさわったり、また別の誰かに説明をはじめたりしていた。体が、電車から離れたがらないんだね。



連休の秋休みも終わって、後期がはじまる。夕方、帰ってきた息子はしょんぼり。期末テストの答案が返ってきたんだ。
テストの前なのに、学校に教科書を忘れてくるとか、机に向かってもぼうっとしたまま、何にもしないでいるとか、様子がへんなのはへんだったのだ。何か学校であったというわけでもなさそうだし、体調がよくないということでもなさそうだし、でも、ぼうっとしててもしょうがないから、米とぎとかりんごの皮むきとか餃子包むのとか、させていたけど、謎がとけたよ。
彼は、数学がわからなくなっていたのだった。でもわからなくなっていることを受け入れられなくて、勉強から目を背けていたんだな。

連立不等式なんて、中一の問題じゃないだろうと思うけど、授業ではやったらしくて出ている。わからなくなったのはそのあたりらしい。説明はわかるのに、自分では解けない。それがなぜかわからない。
たぶん、試験のときはパニックだったんだろうなあ。まったく解けない問題がいくつかのほかに、しなくていいケアレスミスがたくさん。なんでこんなことしたのか自分でもわからない、意味不明な計算の工夫、、と失敗。
途方にくれた子は答案を隠していたが、私は見つけた。
パパに言われて全問解きなおし。式をはしょるな、と叱られながら、口ごたえしてまた叱られながら。途中でわかってきたらしく、ようやくほっとした顔になったけど。
おまえ、つらかったろう、とパパに言われて、また大泣き。

昔、パパは中学生のとき、連立方程式の1行めのxyと2行めのxyが同じ値になると思わなくて、式が何を意味するのかさっぱり分からなくて困ったらしいのだが、(わかったときには、なんだこんなことかと腹だたしかったらしい)
その息子は、連立不等式が2行ではなくて1行で書かれているので、一度に処理しようとしてわからなくなった。2行にわけて書かせたら「あっ」という小さい声とともに、ひとつずつ解いて、なんなく解けてしまっていた。
つまずきの石は、そこでしたか。


2016年10月10日 (月)

再提出の意味

多少気になるので、息子の英語のノートを丁寧に見て、細かく話を聞いた。
最初の5ページがカウントされなかったのは、「再」(再提出を意味する)とあるのに再提出をしなかったからだ。
指摘された間違いを、その日のうちにもう一度自分で書き直して提出しなければカウントしない、と先生の書き込みがあった。
それでなぜ息子が再提出しなかったか、だが。
その日に赤でなおされていた文章は、間違いというより、別の言い方もあるよ、というぐらいの内容だったから、それをもう一度書き直す必要があるとはまったく思わなかったのだ。(それ以前のページの間違いはすでになおしていたし、そのときは「再」と書かれていなかった)
だから、「再」の文字は、「先生はいま忙しいから、また今度提出してね」という意味だと息子は思った。
そう思ったことには理由があって、一度何かの用事で職員室に行ったときに、「忙しいから後にして」って言われたことがあったのだった。

「再」という再提出の指示は、数学のノートで一度受けたことがあるはず。翌日提出したら、その日のうちに出さないと見ないよ、と言われたことがあったはず。
同じルールなのだが、数学と英語が同じルールだとは、息子は思わなかったんだな。

それで息子に話をした。私が小学校1年生のときの話。先生が教科書とノートに名前をかきましょう、と言った。それで私は書いた。でもそれから数日して、「名前を書きなさいと言ったのに、どうして書いてないんですか」と叱られた。叱られたのは私だけではなかったんだけど、叱られた。教科書にもノートにも名前を書いたんだよ。なのになぜ叱られたんだろう。
ドリルに名前を書いていなかったから。先生は、ドリルにも名前を書きなさいとは言わなかったんだよ。でも書いてる子は書いていて、書いてない子は書いてないまま提出したから、どれがだれのドリルかわからない。前に呼ばれて、自分のドリルを取りなさいって言われたけど、どれが自分のかよくわからない。のこった1冊が私のになった。私はたくさんやったはずだけど、そのドリルは何もやってないドリルだった。
教科書とノートに名前が必要なんだから、ドリルにも必要だろうと、そういうふうに考えるのを、「汎化」というんだけど、アスペルガーの子は、この汎化が苦手。

名前を書くのは自分のものと他人のものを区別するためだけど、教科書とノートは自分のものだけど、あとから配られたドリルも自分のものかどうかは、よくわからない、もしかしたらみんなで使うかもしれない、名前を書いていいよと言われるまで書けないよね。
でもそう考えたことを、小学1年生が、説明できないし、
先生的には、教科書とノート、と言ったとき、ドリルも含めて全部、という意味だから、先生は、説明が足りてないから、私が名前を書かなかったんだとは気づかない。

この場合、数学の「再」と英語の「再」の意味は同じだったんだけど、同じだと、きみは思えなかった。だって数学はあきらかに間違いだけど、英語は、きみが書いたので間違いじゃないからね。だから英語の「再」を自分流に理解したということなんだけど。
汎化が苦手で自分流に解釈する。それでうまくいかない。
こういうことは、これからもたくさんあります。自分はそういう性質だと覚悟したほうがいい。避けられない。そういう行き違いで、傷ついたり傷つけたりということは、たくさんあるよ。
避けられないけど、できるだけそうならないように、努力することはできるから。不安なときは、自分の理解がそれでいいかどうかを、確認するようにする。
それでもうまくいかないこともあるし、そのときは、しょうがないよ。

自分の考えは、主張したほうがいい。でも主張したあとは、一歩ひいて眺めたほうがいい。自分は14ページやったから14ポイントあって当然と思っても、先生が4.5ポイントにしたいのなら、仕方ない。スタンプ押すのは先生だし。
人生みたいなもんで、よくわかんないことがいろいろ起るんだって。アドベンチャーゲームみたいなもんだと思えばいいよ。すごろくだって、ふりだしに戻れとかあるじゃん。ずっとそういうことがつづいて、あんまりだと思ったときに、考えるんだよ、じゃあやめるのか。でもつづけるのか。
ノートは、つづけるんでしょ? じゃあつづけるんだよ。ポイントなんかどうでもいいから。

残りの9ページが4.5ページになった理由はわからない。ノートには何か短い走り書きがあるんだが、達筆すぎてなんて書いてあるかわかんない。「これはどういう意味ですか」と英語でごそごそ書き込んでいたが。返事があるかどうか知らないが。
「再」を、「先生はいま忙しいから、また今度提出してね」という意味だと思ったことは、さすがに英語で書くのは無理で、日本語で書いていた。「だって先生、忙しそうだもん」

でもそういう勘違いの仕方を、理解してもらえるかどうかはわかんないし、へんな言い訳してるとか、人をばかにしてるとか、思われることも多いし、目に見えないところで、アスペルガーの子はたくさん傷ついていると思うけれどもね。

「~へ行け」っていう文章を、息子は「You can go to~」って書いてて、それを「Go to ~」って直されてたんだけど、可能と命令は違うって言えば言えるけどさ、実際は「You can go to~」って言うよ、と思うよ。
きみの英語の先生には通じないかもしれないけど、フィリピンでは通じるから大丈夫だよ、と息子には言った。