ニュースレター2016年9月

しばらくこの記事を一番上にしておきます。
新しい記事は下に。

パアララン・パンタオのニュースレター、できました!!

最近のパアララン・パンタオの様子をお伝えしています。
みなさまの日頃からのご支援、ほんとうにありがとうございます。
どうかよろしくお願いいたします。

パアラランへの寄付はこちらです。  
郵便振替 00110-9-579521   
名称 パヤタス・オープンメンバー
http://www.fureai-ch.ne.jp/payatas/

Ec4

かつて教育の機会を奪われていたゴミ山のスラムの子どもたちですが、今ではほとんどの子どもが、パアラランでの基礎教育を経て、小学校に入学することができるようになってきました。
また、ハイスクールやカレッジへの進学を希望する子どもたちを支援しています。

ニュースレター希望の方、お送りしますので、HP記載のアドレスからお知らせください。

2016年9月26日 (月)

うさぎ晴らし

定期考査前なので、学校のロッカーに置いてあるテキストを週末、2度にわけてごっそり持ち帰ってきた息子だが、持ち帰ってきたからといって、勉強できたわけでもないのだが、授業があるので、また持っていかなければならない。どの教科も副読本や問題集が数冊ずつはあって、重いし。いや、おそろしい。
勉強するしない、できるできない以前に、情報処理とか、片付けができるできないとか、要領のよさ悪さ、体力のありなしで、つまずきそうよ。
はっきりいって時間はないし、9教科あるし、電子辞書やら地図帳やらで、勉強しているふりして遊んでる余裕はないと思うし、まして、膝の上にこっそり、電車の模型の本を開いて、眺めている場合ではないと思うんだが、でもまあ、きみの自由だし。

洪水ちゃんはしばらく前の放課後、担任の先生からわりときつく叱られていたらしい。きみの態度が、どれだけまわりに迷惑かけているか、怒らせているかに気づきなさい、と言われていたらしいんだけれども。それでその次の日ぐらいは、授業に遅刻することも少なくて、授業中の発言も控えめだったけど、またいつのまにかもとにもどっている。
洪水ちゃんが、注意されたり、叱られたぐらいで、態度を改められるんなら、洪水ちゃんは洪水ちゃんをやっていないと思うよ。それに、洪水ちゃんは、何か悪いことをやっているわけでは全然ないよ。あんたが家でやっていることと、洪水ちゃんが教室でやっていることは同じだし。
「でもぼくは学校ではやらないよ」
そりゃ、あんたは猫っかぶりだから。
「ニャー」
じゃなくて、洪水ちゃんは洪水ちゃんなのだから、苛々しない工夫は、洪水ちゃんではなくて、きみに必要なんだよ。

「わかってる。寛容の心って言いたいんでしょ」
そのとおり。
「でも、洪水ちゃんたら、授業中に水筒出して水を飲んだりするんだよ。それでまた先生に注意されたりしてるし。それにノートに絵を描いてたり」
ママは、授業中に給食の残りのパンを食べていたよ。それから、教科書が白黒だったから、色鉛筆で色ぬってカラーにしていた。
「見つからなかったの? 叱られなかったの?」
全然。ママはステルス性にすぐれた子どもだったから。

副読本やノートの整理とか、提出物の確認とか、手伝ってやったが、話を聞いていると、意思疎通しやすい先生としにくい先生とがいて、「理不尽だよ!」と怒りたいこともあるらしい。
「まあ、うさぎばらししたからいいけど」
うさぎばらし?
休み時間に音楽室のピアノを弾いた。音楽のときの休み時間のピアノは洪水ちゃんが占拠しているのだが、その日は洪水ちゃんがいなかった。
うさぎ晴らし。
憂さ晴らしのことらしい。

そんで、テスト勉強のうさぎ晴らしに、ピアノを弾きに行ったまま、部屋にもどってこない息子は、譜面台に電車の絵本とか開いて、ぼーっと眺めていたりするのだった。

2016年9月19日 (月)

敬老会

日曜日が敬老会だったので、金曜日から、ゲームの景品の準備とか、食材の買い出しとか。金曜土曜半日ずつかかる。係なのでやりますけど。
当日も早朝から、お吸い物と酢の物つくるとか。45人分。お弁当出るんだからつくんなくていいじゃん、もうやめようよ、高齢者増え続けていて、予算もないのに、とか言いながら。スタッフの弁当のランク落とした分で、バナナも1本ずつつけた。
土曜の夜から大雨。いつものことだけど、台所が雨漏りする。

日曜日は敬老会。無事開催、無事終了だけど、
私が無事じゃない。
ビールの準備をしていたとき、壁にかかっていた消火器が、足の上に落ちてきた。
痛いのなんの。腫れたので、パパに迎えに来てもらって病院へ。
市民病院の休日外来は内科医さんでしたが、開いてる整形外科は遠すぎて行けないから、2日分の痛みどめと湿布だしてもらった。
痛みどめ飲んでお昼寝した。
柱にかけていたらしい消火器はカーテンに隠れて見えなかった。なんであんなところにかけてるのかと聞いたら、床に置いとくとつまずくからだって。でも置き場所は考え直しますって。人のよさそうな町内会長がしょんぼりしていた。
「怪我したのがあんたでよかったよ」とパパは言った。まあ、同感です。あの場にいた一番若いのが私だし。
途中で帰ることができたのはよかったけど、お弁当はもらったし、酒はなくてもいいし、いいんだけど、ビンゴできなくて、景品がもらえないのが微妙に残念だわ。100円ショップのだけど。
それよか、歩けなくてこまるのかー。火曜日は市内に出ないといけないんだけどな。

夏休みから、腰痛が続いて、やっとそれが治ったと思ったら、咳が続いて、やっと咳がおさまってきたと思ったら、足の怪我。どれもたいしたことないんだけど。やれやれだ。

敬老会ですごく上手にハモニカ吹いたおじいさんがいた。誰か故郷を想わざる、とか。それで、私の故郷は大連であります、と言った。
10代半ばで引き揚げたとき、日本語に飢えて、夢中で夏目漱石や森鴎外や芥川龍之介を読んでいたら、あるとき先生に呼ばれて、おまえ、そんなに勉強していたら、28歳まで生きられないぞと心配されたらしい。
このおじいさん何者、と思って聞いたら、大学医学部の教授だった方だそう。
最後の曲はカープ。みんなで合唱。
あとはもっぱらおばさんたちが元気で、フラダンスとか、リズム体操とか。

追記。
ビンゴの景品、役員が私の分をパパに渡してくれていたらしい。45番目。やった。一番最後に、お気に入りを入れておいたのは、私です。まさか自分のところにくるとはね。ふわふわ肩掛け。

2016年9月16日 (金)

ステルス性

近くの高校で、ゲストティーチャー。フィリピンのゴミ山とパアラランの話をしてきた。ほんとは人前で話すのはいやである。ところが、断れない。たぶんそれは、ボランティアの宿命というもので、活動を知ってもらうチャンスを用意してもらっているのに、それを断るということは難しい。
私のことなので、しゃべってる途中にぼうっとして、しどろもどろになるだろうと、これまでの経験から思うので、たくさん写真を用意して、写真をたよりに話すつもりが、途中でパソコンがフリーズして頭真っ白になった。再起動したら無事動き出したので、よかったけど。写真があってもしどろもどろだ。
こういうことの後には、いつも落ち込む。なんかもう苦しくて悲しい。自分のいたらなさのために、パアラランのすばらしさをなんにも伝えられずに終わった気がして。それは、ほんとうは受け取った人のなかで、勇気や希望や知恵にかわるような何かなんだけれども。……聞いてくれた生徒さんたち、ありがとう。

だれか、いてくれないかな。私は本当に、人前で喋るのは無理だなあ。それはもう絶対、向き不向きがあると思う。
学校の先生って、えらいなあと思います。



息子の学校の話。あるとき英語の授業で全員立たされて、挙手して発表した人から着席、ということになり、挙手がきらいな息子も、早く座りたいので、何度も挙手した。ところが、目の前には背の高い人がいて、息子はとうとう最後まで気づかれず、一番最後のグループに残されてしまったというのだな。何度も挙手したのに、全然しなかったと同じに扱われてしまった。
なかなかかわいらしい不満なのでしたが。そういうことはあるよ、気にするな、というしかない。
それで思い出したので、昔話をした。
私は小学校の低学年のとき、上り棒ができなかった。でも練習して、あるときできた。できた人はほめてもらえるはずだった。はずだったのだが。同じときに、もうひとり上り棒ができるようになった人がいて、彼女はほめてもらっていた。でも、私ができるようになったことは、先生もだれも気づかなかった。
高学年のときには、ポートボールのテストがあって、体育は苦手な私だったが、そのときはなぜか、たくさんボールをパスできた。ところが、私のパスの数を誰も数えてくれていなかった。そしてクラスのなかで、誰にも数えてもらえていなかったのは私だけだった。そして、あの担任は0にカウントしたかもしれない。体育の成績は最低の1だった。
たぶん、私が上り棒ができたり、パスができるなんて、誰も期待していなかったから見えなかったんだと思うけど、そういうことはあるし、でも、そういうことは黙ってのみこんで生きていくんだよ、と息子に話していたら、パパが、
「ママはステルス性が高いんだ」と言うので笑った。

ステルス性とは「ある兵器がセンサー類からどの程度探知され難いか」という事を相対的に表す言葉。ステルス性、という言葉で、しょげていた息子の表情があかるくなった。ものは言いようである。見えなくていいんだよ。

2016年9月14日 (水)

カープが勝ったので

カープが勝ったので、息子の英語の自習ノートでは、ハンプティたちが、カープはすごい、カープはすごい、とはしゃぎまわって、作文の行を稼いでいる。

ハンプティ「ところでミスターA、宿題は済んだ?」
ミスターA「まだ済んでない。だってカープが強すぎるから。ぼく腹立たしくて」(ミスターAは巨人ファンらしい)
ハンプティ「ダンプティは宿題済んだ?」
ダンプティ「まだ済んでない。だってカープが強すぎるから。ぼくすごく幸せで」

ダンプティ「ぼくはカープのTシャツが欲しい」
ハンプティ「ぼくも。でもぼくたち着れないよ。だってぼくたち、たまごだから」
ダンプティ「問題ないよ。部屋に飾るんだ」

カープが勝ったので、近くの家電量販店が10パーセント引き。
それで洗濯機を買いに行った。うちの洗濯機、15年前にこの家で暮らし始めたとき、中古で7000円で買ったやつなのだが、ここんとこ、変な音がするようになって、もうあまり長くないぞ、という感じなのをだましだまし使っているのだった。よく働いてくれたんだけど。
10パーセント引きというので買う決断。今月末に届く予定。
カープが勝ったので、うちの洗濯機が新しくなります。

2016年9月11日 (日)

赤の勝ち

むかーしむかーし、学習雑誌のカラーページに「赤ヘル軍団」という文字を見たのが、広島カープという球団の存在を知った最初ですかね。四国の片隅で。
あれが初優勝のときだったのか。まさかその後、広島で暮らすことになるなんて。
カープの行方が気になって、息子はこの数日宿題どころではないし。つられて私も見ているし。ちょうど体育祭前で、宿題もあんまりなかったのだが。

土曜日。息子の学校の体育祭だった。
私、子どものころ、運動会ほど嫌いな学校行事はなかった。夏休み明けの憂鬱は、運動会の練習でしたよ。なので、体育祭がいやだと息子が言うのを、あんまり苦しくないといいなあと、それなりに気にかけていたのだが。ソーランの練習が、単純にしんどかっただけのようだ。

さて体育祭。まず、入場行進がないのがすばらしい。スペクトラムの子には、この集団行動(と練習)はわりとつらいのだ。
集団演技は中学生だけかな。それも9月のこの時期の開催だから、練習期間は相当短かったはずで、3年生は10日間って言っていた。ソーランも2週間ちょっとだったはず。
30ほどの種目のうち、リレーの類が10種目というのもいい。走るだけだし。しかも男女混合。チーム種目も、中高の異年齢や、同年齢なら男女混合の組み合わせ。つまり、力量の違いがあって当然、なので、相当の運動音痴でも、かなり気楽に存在できる。

応援は、応援団だけ。希望者だけ。これがいい。
小学校のときの全員参加の応援合戦見たとき、息子の表情見ていたら、子どもにこんな顔させるものやらせるなと思ったもんね。耳もとでぎゃんぎゃん叫ぶのを聞かなければならないのは、聴覚過敏の子には過酷よ。

私は中学高校の頃、運動会の応援の練習が何よりいやだった。上級生に怒鳴られるのも。放課後の時間を奪われるのも。秋のあの美しい夕暮れの時間をだいなしにされた口惜しさは、いまもあるもんね。

以前、息子を探すのは簡単だった。同学年で一番小さくて不器用なのがそうだったが、いまは難しくなってきた。ちっちゃいものクラブは息子だけではないし、動きもごく普通なのだ。今年は見つけたけど、来年はどうかなあ。こちらの視力の問題もあるし。

1年生は全員リレー。男女混合で、最初と最後の5人ずつくらいは100mだが途中は50m。息子のクラスは、洪水ちゃんと息子の超遅いのをふたり抱えているにもかかわらず、1番だった。なので、息子は1番でバトンを受け取って、1番で次へつなげた。こういうことは2度とないかもしれないので、書いておこう。
最後は全員でフォークダンス。それから私たちは先に帰った。

夜、クラスは勝ったし、クラスが所属していた赤組も勝ったし、息子は、「楽しかった」と言って帰ってきた。この子にとって、体育祭以上に嫌いな学校行事はないはずなので、体育祭が楽しいなら、この先6年間じゅうぶんやっていけるだろうと、親は安心したことだった。
お弁当もいらないって言った。おかーさんの手作りより、友だちと一緒に食堂で食べるのがよかったらしい。

夜、私は町内会の敬老会の打ち合わせ。終わって帰ってみると、野球は8回。カープが勝ちそうになっていて、そのまま勝った。
赤の勝ち。よかったよ。息子とフォークダンスした。オクラホマミキサー。狭い廊下を行ったり来たり。

2016年9月 7日 (水)

ぼくが女子にやさしいわけ

息子、クラスの男子たちに、言われたらしい。
「おまえ、男子に対するときと女子に対するときと、態度が違うよな? どうして女子にやさしいんだ?」
それで息子は答えたらしい。
「女の子に優しくするのは、当たり前だろ?」
優等生の答えだが、息子が言うには、友だちには言わなかったけど本当はもうひとつ、理由がある。
「だって、女子って、機嫌そこねたら、何するかわかんないから」
って言うので、笑った。

なるほど。女子を怒らせたら、パンツ脱がされるもんね。
「あれは4年前のことだよ」って、息子もありありと覚えているのだった。
まとわりついて、ノートをのぞいてくる女子がいて、いやだったから、「じゃまするな」と書いたら、その後いっそうしつこくつきまとわれたり、からかわれたり、叩かれたりしたあげく、女子数人に襲われてパンツ脱がされたのが、小学校3年のときだった。
連中と同じ中学に行きたくない、のが中学受験の第一の理由だったのだが。

別に何もしてないし、授業でわかんないところを教えてあげたりしているだけ、だそうだが。
「なのに、女子にやさしいって、からかわれるのは困る」って言う。
簡単なことだよ。男子にもやさしくすればいいんだよ。女子よりもっとやさしくする。だれにでもやさしいぼくになる。
「えーっ」って言う。ありえないらしい。

2016年9月 6日 (火)

洪水ちゃんVS男子たち

学校から帰ってきた息子が、洪水ちゃんのことを怒っていた。「おしゃべりがうるさい。もういいかげんにしてほしい」
洪水ちゃんのおしゃべり(女の子のお喋りは、たいてい女の子同士のお喋りだが、彼女はひとりで先生相手に一方的に喋りつづける)はいつものことでしょ、って言うと、なんでも社会の時間に、他の男子たちがいい質問をして、それがどう展開するか楽しみにしたのに、そこで洪水ちゃんが口をはさんで、授業の流れが中断されてしまったということなんだけどね。それもいつものことでしょ。
男子の何人かは「そこで口をはさむな」とか「今しゃべるな、迷惑だろ」とか、いろいろ注意するらしい。でも洪水ちゃんは聞く耳持たない。「べつに迷惑かけてないし」って平然と口答えするし、本当にそう思っている。
授業中、洪水ちゃんは実に積極的に手をあげる。ところが洪水ちゃんがしゃべると徹底的に自分勝手なので、何人かの男子は、洪水ちゃんが手をあげるときには必ず手をあげて、授業をさえぎる方向ではなく、すすめる方向の発言をしようと頑張っている。
(授業中に手をあげる危険、を回避するために用心深い息子は、できるだけ手をあげないようにしている。でも発言しないと点数をひく英語の先生がいて、自分のスタイルと点数との間で葛藤している。)
ともあれ、クラスのことを聞くと、洪水ちゃんが中心なのだった。洪水ちゃんVS男子たち、の攻防戦なのだったが、ほかの女子は?って聞くと、さあって言う。
いったい、どうすればいいんだ、と息子は苛立っている。それはたぶん、誰にもどうにもできないんだけど、男子たち、なかなか面白い。
先生たちとカウンセラーと親と本人と、みんなでがんばってほしいことだよね、と息子には言った。

さて、夏休みが終わって、すぐにテスト、すぐに体育祭の練習、人によっては、夏休みの宿題が終わっていなかったり、呼び出しあったり、追試あったり。これに部活が加わって、遠距離通学が加わったら、子どもたち相当にしんどいのではないだろうか。
男子たちの話。夏休み明け、しばらく休んでいたペーパーが久しぶりにやってきたら、追試と提出物がどっさりだった。ミッキーは英語の夏休みの宿題を提出していない。それで、英語の時間は頭痛を装って保健室に逃げていた。「課題の出せていない人ばかり、休んでいるのはどういうこと?」と先生は言ったが、もちろん黙っていた。英語の時間が終わると、ミッキーは元気に戻ってきた。

息子、英語の自習ノート、本人的には、がんばるにはがんばったが、富士登頂(富士山の絵のスタンプカード)まで数ポイント、足りなかった。
先生が言うには「このクラスがなぜ遅れているかというと、他のクラスは6ページ以上と言ったら、6ページよりもっとたくさんやってくるんです。でもこのクラスは6ページか、それ以下しかしてこない」。
富士登頂しないまま、今度はマリアナ海溝のスタンプカードだ。
悔しい息子、
するつもりのなかった7ページめの作文を書いた。

登場人物、ハンプティとダンプティとミスターAの会話はこんなふう。(英語めんどうなので日本語で再現)
「ショックだよ。富士登頂失敗」「もうちょっとだったのに」「悔しいな」「でもぼくたちがんばったよ」「そうだよ。気にするなよ。ぼくらは悪くない。悪いのは作者だからね」「今度はマリアナ海溝に行かなきゃ」「超難しい」「超危険」「潜水艦が必要だよ」

息子、書きたいこと書いたら、すっきりしたらしい。(電子辞書駆使して、なんとか書き上げてしまう。)
うん、ハンプティたち、ほんとがんばったと思うよ。ページ数は稼げないとしても(コントを考えるのに無駄に時間かかるし)、退屈な作文はいっこもないよ。

潜水艦が必要だと言うので、ビートルズの「イエローサブマリン」を教えてあげた。

2016年9月 5日 (月)

天井裏のアシナガバチ

そういえば、去年の夏も、通気口にアシナガバチの巣ができていた。その通気口をふさごうとして、私はハチに刺されたのだ。それから通気口はどうしたのだったか。やがて冬になり忘れていたが、その通気口に、また巣ができているようなのだ。
もう刺されるのはいやだし、屋根にのぼって穴をふさぎにゆく勇気はない。2階のベランダからは、通気口に届かず、通気口を出入りするハチたちに向けて、殺虫剤を散布するのがせいぜいだが、これもなかなかこわいのだ。
殺虫剤を撒いたあとは、通気口のなかで、ハチたちは大パニックなのに違いない。1階の天井裏でブンブンブンブン大騒ぎ。パニックついでに、電気の配線の穴から、1匹2匹、部屋のなかに出てくる。弱っているのもいるが、元気なのもいて、それをまた殺虫剤で追いつめる。

ゴキブリがぱたぱた飛ぶのは、まあしょうがないかなと思うんだけど、ネズミが走っていくのは、ゆるしてほしいと思う。ねこいらず仕掛けて、ここ数日しずかだけど、どこかで干からびているんだろうか。家具も何もかも動かして、掃除もしたいけど、咳がとまらないから無理だ。
たぶん咳ぜんそく。理由は8月の終わり、炎天下の畑にいたかと思うと、家のなかはエアコンの風が吹いていて(うちの男の子たちは暑がりだ)、温度差に耐えられなかったからだと思う。でも少しはましになってきた。
雨が来て、いちご畑がやや生きかえったようで、ほっとしている。からっからの8月末、せっせと水をやりつづけたかいは、あったのだ。

そういえばPTAの打ち合わせがあったのであり、さらに、町内会の敬老会の打ち合わせもあったのであり、つまり、しなければならない宿題がそれぞれ一抱えあるのであり、パアラランのニュースレターがまだ作成途中で、それなのに、ハチの羽音や、自分の咳や、あれやこれやで、いま何をするつもりだったんだっけ、
と、まことに集中力がないのだった。





2016年8月31日 (水)

映像記録

そういえば、私はビデオカメラを使ったことがないのだった。
スマホも携帯電話も使わないし、だいたい、そういうものへの苦手意識が強いのだが。たぶん、壊したらどうしようと、怖かったので触らなかったと思う。
ビデオカメラは、息子が生まれたあとに、義父さんが買ってくれた。10年ぐらいは動いたのかな。私が触らなくても、壊れるときは壊れるようで、あるとき壊れた。壊れたので、テープに録画された映像は、見ることができないまま、忘れていた。
忘れていたのを、思い出したので、カメラ屋さんでDVDにダビングしてもらった。
ダビングしてもらったので、それを見てみた。
自分が撮ったわけではないので、息子の小さいときの映像がそんなに残っているとも思わなかったんだけど、這ってる、立ってる、歩いてる、の姿が、それなりに記録されていた。
でも、かわいいかわいい、と思ったのは最初だけ、見ているうちに、疲れてきた。画面のなかで走り回る子どもを追いかけている自分の疲れが、呼び戻されてくるのである。いーや、ほんとにじっとしてない子だったわ。
絵本を読んでやっているお母さんが早口。早送りかと思うほど早口。子どもが、その早口をそのまま暗唱しているのが、なんかすごいけど。
旅先で、息子を追いかけている私の後ろ姿。息子をつかまえた私が、戻ってきて、パパに言う。「カメラまわすの、やめてくれる? 私がひとりでこの子を追いかけんならん」
とすごく怒っていた。
……忘れていた記憶は、忘れていたほうがしあわせだったりするかもしれない。
面白くないこともないけどね。

咳がつづく。動く度、声を出す度に咳き込む。なんの咳だろうなあ。無駄に疲れる。

2016年8月28日 (日)

8月の終わり

8月も終わろうとしている。予定のことが全然できていない。
炎暑で、焼け焦げてしまった畑の世話を、この一週間ほどしていたんだけど、疲れたかな、風邪ひいたかな、熱はないけど、咳と鼻水がとまらない。体しんどい。

夏休みはもう終わっている。給食はまだなので、弁当持参。休み明けのテストは、できた、つもりでいるので、実際に答案が返ってくるまでは幸せだろう。もういいかげん、自分のことは自分でしてほしい。自分がしなければいけない情報処理に、母の頭を使わないでほしい。…と思うんだけど、中学生になって、教科も教科書も宿題も、相手にする先生も増えて、なんといっても情報は倍増しているので、大変かもしれない。
でも息子の分の情報処理が加わると、私が大変なんだってば。たいていのことはあとまわしだけど。

これは後回しにできない。パアラランのニュースレターをつくらなければ。通帳はフィリピンでチェックしてきたんだけど、あと1か月半で資金は底をつくから、9月前半には発送すませて、10月はじめまでには、次の送金しなければ。
お盆の帰省のあと取りかかるつもりだったのに、全然取りかかれていない。
がんばろう。